♪ WARATTE SPECIAL ♪

TOMORROW 地球の奇跡、日本の農のめぐみ The miracle of the earth - agriculture in Japan いのちは支えあう 第3次生物多様性国家戦略 BIODIVERSITY

♪ WARATTE PHOTO REPORT ♪


♪ MAIL ♪

Your voice is welcome メールを送信する メッセージフォームをつかう


オリンピックとわたし 有森裕子


女子マラソン五輪メダリスト
有森裕子



ことしは、4年に一度のオリンピックの年です。 わした自身も1992年のバルセロナオリンピック、 そして、1996年のアトランタオリンピックに参加・出場したいちオリンピアなんです。

この2回でのオリンピックの経験は、わたしの人生に感動と喜びを生み、人生の可能性を広げました。 また、スポーツというものが、世界平和を願う世界最大の最高の手段であるということも学びました。

しかし、今回のオリンピック開催は、いままでとは違い、 オリンピックに対して困難、そして、大きな不安を感じているのは、わたしだけではないのではないでしょうか。

そのことをまさに経験を通して感じざるをえなかった出来事といえば、 長野で行われたオリンピック聖火リレーです。(2008年4月26日開催) いままでのオリンピックに対する思いから、この役割を頂いた時は、 正直とても嬉しかったし、オリンピアンとして光栄と感じたのは事実です。

しかし、そんな思いなどは消し飛んでしまう、ただただ考えさせられたそんな現実がありました。
「辞退して下さい」
そんな手紙やメールが、社会的な人権問題が絡むこの聖火ランナーに対して、わたしの元に数多く届きました。 喜びだけを胸に、などとは決して思えない。 どういうふうに、この今回の世界的に起きていることに対して、 元オリンピアンとして何ができるかを考えました。

そして、わたし自身ここまでに知りえなかった世界的に起きている人権問題などについて、 今回の役割を得たことを機に、より考え、気持ちを向けていくことの大切さを、 本来、世界最大の平和の祭典であるオリンピックを通して、 多くの人々に伝えるためにも、まず、いま注目を浴びている聖火リレーを走るべきだと、 そして、オリンピアンであったわたしだからこそできるこの役目を避けるのではなく受けることで、 表現して伝えようという結論に至ったのです。

世の中が強い問題意識を持っている時に、 その世の中で行われているスポーツだけが政治や社会問題はスポーツには不介入、 といった、まさにきれいごとでは済まされない。 そんなたち位置にいまはあるのではないかと感じています。

実際、大会を開催するには、多くの資金や人材など社会的な要素が絡んできます。 特にオリンピックにおいては、それらの要素は計り知れない規模であり、その要素が毎回拡大しているのも現実でしょう。

そんな現実のなかで開催されている、もしくは、してもらっている最高の舞台に、 わたしたちスポーツ選手は、たたせてもらっているとしたら、 わたしは今回のような問題に対して、ただ懸念し避けてしまうのではなく、 なぜこうしたことが起きているのか、その解決に少しでも何ができるのか、 と考え、自らができることを、本来の競技を通して発想し生んでいくことは大切なことではないかと思います。

国際問題という大きなことに対して、考えたり行動していくことは難しいです。 ましてやそのことに対し、スポーツを通して何か、という時に、 現役である選手が雄弁に語り何か行動を起こすことは、 一瞬・一時のチャンスを掴み、戦わなければいけない彼等にとっては、 簡単なこととは思えません。 もしも、わたし自身がこのタイミングで現役選手という立場だったら、思いも、考えも、表現方法も、違ったかもしれません。

だからというわけでもありませんが、オリンピックの歴史を振り返ると、 規模や内容は多少異なるにしても、今回のように政治要素がネガティブに絡み、 事件や問題をもって行われてきた大会が、思っていた以上にみつかり、知ることができました。 と同時に、そんななかでも、何人かのオリンピアンがその時々の状況に対して、 競技やパフォーマンスを通して自らの思いを表現し、 一石を投じ、次なる歴史を変えようとしてきたことも知ることができました。 決して忘れてならないスポーツの、そして社会の歴史だと感じています。

最初にお話したわたし自身が経験した2回のオリンピックを振り返ってみると、 1992年のバルセロナ大会は、東欧共産主義の崩壊、東西ドイツの統一、 と冷戦終結後、という新しい時代を迎えた年の大会だったこともあり、 南アフリカ共和国の32年ぶりの出場を含む、 1カ国もボイコットがなく開催することができた、まさに平和の祭典でした。

わたしの記憶では、何十年かぶりに参加することができた国の選手が、 競技では最下位にもかかわらず、参加し戦える喜びを全身に現して走り、ゴールしていた姿がありました。 そして、わたし自身、初めてのオリンピック参加に対する自分の思いと、 その選手の姿から伝わった思い、それらを言葉にしました。

よろこびを、ちからに

この言葉は、まさにこの時からわたしが自分の人生の教訓にしてきたものなのです。

そして、2度目の1996年のアトランタ大会。 第一回大会から100周年あたるに記念大会でもありました。 197カ国と地域から全ての参加が実現し、参加人数が1万人を超えた大会となったのです。 しかし、残念なことに大会期間中テロ事件が発生、マラソンコースにもなっていた公園での大惨事となり、 死者2名、100人以上の負傷者が出たのです。 初めて経験した現地での、オリンピックが世界に与える影響の大きさを示した出来事でした。

その経験があったからでしょうか、それ以降、オリンピックが開催されるまでのさまざまな社会状況に、 視点を少しでも持つようになっていったと思います。 そして、今回の北京オリンピックは、この歴史的オリンピックのなかでも、 開催地としても、より多くの観点から大会を通し考え、見つめ、係わっていくことができれば、と思っています。

実際にヨーロッパ諸国の何人かのオリンピアンが、こんかいのオリンピック聖火に対し、 IOC国際オリンピック委員会に対して、問題視した内容のメッセージを送った、とニュースで聞きました。 そういう意味ではわたし自身も、ただ一人のオリンピアンということではなく、 このオリンピックという大会を通して出会えた他のアスリート達と、 もっと競技後繋がりを持ち、いろんな意見や考えを交し合える。 そんなアプローチを自らしていくことの大切さを感じました。

そして、このような状況がより厳しくなっていく世の中だからこそ、 スポーツを通して、少しでも人や世の中を突き動かし、世界平和というものを進めていけたらと思います。

 

23th May 2008
Go Report Index

 

Feel human being この人の生き様 on Web Magazine Waratte ! No Smile No Life

2007.12.21
ウツの時代、五木寛之さんの話から
2007.12.22
走った距離は裏切らない、女子マラソン野口みずきの挑戦
2008.01.07
あの人からのメッセージ2007、気骨の人たち、城山三郎
2008.01.12
パブロ・ピカソ作「ゲルニカ」20世紀の黙示録
2008.02.11
人権活動の最前線から 女性と子どものいまと未来
2008.05.03
「私はダメじゃない」を貫いて、漫画家 一条ゆかりの創作の原点
2008.05.05
『 カリアティッド 』 アメデオ・モディリアーニ、薔薇色に燃えて散った男の一枚
2008.05.15
ドストエフスキー 「白痴」  入り口も出口もない物語
2008.05.23
オリンピックとわたし 有森裕子
2008.06.13
魂の大地 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」
2008.06.14
孤高の人、フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』
2008.07.13
「山 富士山」片岡球子
2008.08.13
日本人の心を守れ-岡倉天心、廃仏毀釈からの復興
2008.09.17
わたしの ” じいちゃんさま ”-写真家、梅佳代
2008.10.29
神々のうた、大地にふたたび アイヌ少女・知里幸恵の闘い
2008.11.12
他人まかせの巻-横尾忠則 「少年」の心得-
2008.11.13
ニッポンを主張せよ アーティスト 村上隆
2008.11.15
I Have a Dream キング牧師のアメリカ市民革命
2008.11.29
漫画家  西原理恵子「トップランナー」での発言集
2008.12.08
プロ魂 王監督のメッセージ
2008.12.20
一人、そしてまた一人  マザー・テレサ 平和に捧げた生涯