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万能細胞が切り開く未来



去年11月(2007年11月)。
夢の再生医療に近づく可能性を秘めた細胞が日本で作られました。体の様々な組織になる万能細胞です。
脈打つように動く心臓の細胞。
突起が伸びた神経細胞。
万能細胞から生み出されるこれらの細胞を患者に移植すれば、重い心臓病や、パーキンソン病などを治すことができるかもしれない。
京都大学の山中伸弥(やまなかしんや)教授のグループが作り出したこの万能細胞は、世界中に衝撃を与えました。
しかし、その道のりは順調ではなかったといいます。 世界が注目する研究は、どのように成し遂げられたのか。 実際の医療に何をもたらすのか。 新しい万能細胞の可能性と課題に迫ります。




世界初、新しい万能細胞


体の様々な組織の元になるのが万能細胞です。
世界中の研究者がもともと万能性を持っている受精卵に注目していたなかで、 京都大学の山中伸弥(やまなかしんや)教授(45歳)は、万能性を失ったと考えられていました大人の細胞、 ありふれた皮膚の細胞から、新たな万能細胞を作り出すことに世界で初めて成功しました。 いわば、時計の針を逆戻りさせ、大人の細胞を受精卵に近い段階に戻す。 これまでの常識では不可能だと考えられていた方法で、山中さんは実現させたのです。

今回の発見によりまして、近い将来、誰もが自分の皮膚の細胞から新しい万能細胞を作り出すことができるようになります。 そして、怪我や病気などで損なわれた組織を、その万能細胞を使って再生させたり、 或いは、患者がなぜその病気になるのか、解明したりすることができるようになるなど、 多くの期待が寄せられています。

誰もが、不可能に近いと考えていました試みに挑んだ山中さん。 それはどいうことかと言いますと、人間の体の遺伝子の数は数万にのぼるといわれています。 そのなかからいったい、いくつの遺伝子をどんな組み合わせで大人の細胞に入れていけば、万能細胞になるのか。 考えただけで気が遠くなるこの挑戦に、山中さんは、数年間にわたって挑み続けたのです。




生みの親が語る万能細胞


司会者
多くの人が頭で考えると無理だと思われることを、なぜやり続けることができたのでしょうか。


山中伸弥教授
私は、もともと臨床医で、いろんな理由で一旦基礎研究の道に入ったんですけれども、 必ずしも順調というわけではなくて、ほんとに研究を辞めようと、また臨床に戻ろうと、 辞める一歩手前までいったことがあったんですね。
一旦研修者としてはもう死んだ気になっていまして。 たまたま縁があってまた研究を続けることができたんですけれど。 一旦辞めようと思ったんだから、失敗してもあまり失うものがないんじゃないかという ような気があったのは事実です。 で、むしろここまで研究してるんだったら、ほんとに難しいことに チャレンジする方がやっていてやりがいも感じていました。




新しい万能細胞とは


新しい万能細胞の誕生をうけて、200年12月25日、京都で開かれた緊急のシンポジューム。 およそ800人が参加しました。 通常は専門家しか参加しないこの種のシンポジュームに、患者の姿がありました。

多くの期待が集まる万能細胞をどのようにして作るのか。 世界中の研究者はこれまで受精卵に着目してきました。 受精卵は次々と分裂しながら、私たちの体の様々な組織や臓器を形づくっていきます。 その受精卵を利用して作ったのが、ヒトES細胞です。 万能細胞の研究は、このES細胞が世界の主流でした。 実際、脊椎損傷のマウスを使った動物実験で、その大きな可能性が示されています。 ES細胞から作った神経の元になる細胞をマウスに注入。 6週間後には再び歩けるようになりました。

しかし、山中さんは、受精卵を利用したたES細胞の実用化は、簡単ではないと感じていました。 人間になる可能性のある受精卵を、材料として使うことには、倫理面で強い批判があります。 また、ES細胞は、患者本人の細胞ではないために、移植すると拒絶反応が起きます。 こうした問題を一挙に解決しようと、山中さんは全く別の発想にたどり着きました。 それが、受精卵ではなく簡単に手に入る皮膚の細胞から万能細胞を作ることでした。 万能性を持つES細胞では、そのカギを握る遺伝子が働いていると考えられます。 その遺伝子を皮膚の細胞にいれて働かせることができれば、同じような万能細胞になるのではないか。

一昨年の8月(2006年8月)、山中さんは論文を発表しました。 マウスの皮膚の細胞に、4つの遺伝子を入れたところ、万能性を獲得したというのです。
そして、ついに去年の11月(2007年11月)、ヒトの皮膚の細胞も同じ方法で万能細胞になったと発表しました。


万能細胞の可能性


わずか4つの遺伝子を働かせただけで、皮膚の細胞が万能細胞になる。
この京都大学の方法は、世界の研究を一気に加速させました。 アメリカのホワイトヘッド研究所は、京都大学方式の万能細胞を用いて、マウスの病気の治療に成功しました。

くの字型になった赤血球、重い貧血を起こす病気です。

くの字型になった赤血球

このマウスの細胞から作り出した万能細胞で治療したところ、全て正常な赤血球になり、貧血も改善されたのです。

正常な赤血球


ホワイトヘッド研究所 ジェイコブ・ハンナ博士
一年前には誰一人こんな治療が可能だとは思ってもいませんでした。 事態は一変しました。 医術は急速に進歩し、今は実際にヒトの治療にどう応用するか、それをいかに早く実現するかが焦点になってきています。


司会者
世界の大きな流れが受精卵でつくる万能細胞に向かっているなかで、 全く違う発想で山中さんは、すでに成人になった、できあがった細胞を 元に戻す、初期化する。そういったプロセスを考えられたと。 いったいそれがどうやってできたのか。

山中伸弥教授
私はテーマを決める時は、できるだけ他の人がやらないようなテーマ、 そして他の人がやろうと思っても難しくて手を出さないようなテーマの方が、やる気が凄く湧いてきますので、 分化したものを巻き戻そうと、分化したものからES細胞のような細胞を作ろうというふうに自然に思いましたので、 難しいのは承知の上でした。


司会者
受精卵には見切りをつけなければと思われたことはありますか。

山中伸弥教授
ヒトの受精卵を、実際、顕微鏡でみたことがあるんですね。 その時に、ほんとに素直に、これがまだ生命かどうかわからないけれども、 ただ、子供さんを欲しがっておられる方にこの目の前にある受精卵を 提供すれば、それは非常に高い確率で、赤ちゃんになる可能性が高い、 というのがすごく感じてですね。
それを見た時に、私もちょうど家にまだ小さい娘がいたころですから、 非常に、自分の娘とその受精卵の差が非常に小さいな、と感じたんですね。
ただ、その受精卵から作るES細胞の高い能力ていいますか、 これで助かるかもしれない患者さんが沢山いるていうのも医者でしたから非常によくわかります。 だから、受精卵から作るES細胞でしか治せないんだったら 何の躊躇もなくES細胞を使います。私も。 ただ、気持ちとしては。もし、そういうこと避けるんだったら避けたいと。


司会者
ES細胞を使った研究というのは日本ではいろんな制限があって、 将来たとえそれが、その技術として有効なものができたとしても 治療への限界というもの感じられませんでしたか。

山中伸弥教授
まあこういう私もですね、万能細胞の専門家のような顔をしていますが、 実は、日本でヒトのES細胞を一回も見たことないんですね。 アメリカとかイギリスでは見たことがありますが、日本では見たことも触ったこともありません。 だから、それくらいですね、日本においてはヒトES細胞の研究ていうのは敷居が高いんですね。
で、そうしてもそれが研究の進行の速度の低下にも繋がっていますので、 今回の新しい万能細胞は、その点は、ヒトのES細胞と比べると何倍も 簡単に研究をできますので、今までの何倍も研究がスピードアップする可能性があります。 そうすると患者さんに役にたてる日がどんどん早くなるんじゃないかと、そんふうに期待しています。




研究の原点とは


山中さんの原点は、患者をみる臨床医でした。
昭和62年、神戸大学を卒業後、当時の国立大阪病院で整形外科医として勤め始めました。 学生時代、ラグビーや柔道など、スポーツに熱中した山中さん。 度々、病院で骨折などを治してもらったことが、整形外科を選んだ理由です。

しかし、実際の治療の現場で山中さんを待っていたのは、どうしても治せない患者がいるという厳しい現実でした。

医師になった年に山中さんは、60代のリュウマチ患者と出会います。
当時、リュウマチは治療法がなく、痛みをとるなど、対症療法だけで、患者の病状は悪くなる一方でした。 医療の限界を感じた山中さんは、臨床の現場から離れることを決意します。 基礎医学の世界で新たな研究を始めました。




万能細胞に挑む


そして、8年前から万能細胞作りに取り組みます。
研究の一番のカギは、細胞に万能性をもたせる遺伝子を見つ出すこと。 およそ数万ともいわれるヒトの遺伝子のなかから探し出すという、途方も無い作業でした。 そして、4年という年月をかけて、候補となる遺伝子を24個に絞り込むところまで漕ぎ着けたのです。




万能細胞誕生の舞台裏



司会者
24個から4つに絞り込むプロセスはどういうふうになさったのですか。

山中伸弥教授
まず判ったのは。その24個の候補の一つづつ試しても、どの一つでもだめだということがわかりまして。
それは、がっかりなんですが。
その研究をしてもらっていた、その時は研究員でしたけども、 彼は、一つひとつ調べるのに加えて、めんどくさいからかと思ったかしりませんけども、 全部混ぜて調べると。
大胆なんです。彼は大胆だからその部分を担当してもらったんですけども。
1個だけ試したやつは全然ダメだったんですけども、 24個全部入れたところには、顕微鏡で見ると、ES細胞にそっくりな細胞ができていまして。
だから、その瞬間がこの一連の、今回のですね、万能細胞を作るという研究では一番のハイライトといいますか。 えー、嘘やろ。そんな訳がなし。そんなんでできる訳がない。 やってる私たちがそう思うぐらいですから。 でも繰り返してやってもらうと、24個全部入れると、できるということが判りまして。 じゃぁ、このなかの或る組み合わせでできるのは間違いないと。 でも、まさか24個全部はいらないだろうと。 これは組み合わせを考えると膨大な数があるんですが。
で、うーっと私が悩んでいると、また同じ研究員の子が、 いやいや先生そんな悩まんでも、ということで。
彼は何をしたかというと。 全部の組み合わせを試す代わりに、24個から1個だけ除いた、 残りの23個。だから、全部で24通りあるんですけども。 それを試したんですね。 そのアイデアは、本当に大事な因子だったら1個でも抜いてしまったら他の23個があってもだめだろうと。
ですから野球のチームでですね。 9人でやるチームですけどもエースがいなくなったら途端に弱くなってしまいますが。 それと一緒で。だからやっぱり、最初の24個選ぶところまでが、一番の苦労で。


司会者
ほんとに暗い広い海原の中の、数個のダイヤモンドをみつけなければいけないと。 どれぐらい時間がかかると思って始められたんですか。

山中伸弥教授
これは、予想はなかったです。10年、20年かかってもおかしくない、と思ってました。


司会者
ひたすらバットを振り続けたと。

山中伸弥教授
或る意味そうですね。
例えば、イチロさんのように非常に才能があって、来たボールを狙って 打ったら相当の確立でヒットにできる、そういうった才能とかあればいいんですねど、 僕ら、そんなん全然無くてですね。あのー。例えるなら、目を瞑って振ってるのと一緒で。 振らないと当たらない。だからがんばって振ろうよ、と。
万能細胞ができて、「おめでとう」とよく言ってもらうんですが、 実は、何がおめでたいんか全然わからないんです。 なぜかというと。 まだ、誰の役にも立っていないので、研究としては全然完成していないんですね。 ほんと、途中なんです。 よくて折り返し点行っただけで、まだ、半分は残っていますから、 その半分は一番大変なところというのは凄くわかりますので。




万能細胞、今後の課題


万能細胞が抱える大きな課題の一つは安全性です。
山中さんと共同研究を進める、自治医科大学の花園豊教授です。 ヒトに近いサルを用いて、万能細胞の安全性について調べています。 これまで、サルの胎児にES細胞から作り出した血液の細胞を移植すると、 ガンになるケースがあることを確かめました。
万能細胞は、次々に増殖するその性質から、潜在的にガンになる危険があります。 しかも、山中さんの新しい万能細胞は、外から遺伝子を入れたことにより、 ガンの危険が高まっています。 花園さんは、その影響なども含めて安全性の研究を進めることにしています。

自治医科大学、花園豊教授
この治療が本当に有効である。そして、かなり安全である。 100パーセント安全とはいいきれないにしても、安全である。 という有効性と安全性がきちっと担保されたところが、 最初に臨床応用に漕ぎ着けるわけですから。 是非、山中先生のあの万能細胞の安全性をこのサルのケースで、 なるべく早く確認して、一日も速く臨床応用に結びつければいいな、と思ってます。


もう一つの課題は研究体制です。
日本が生んだ万能細胞をどのように実用化に結びつけるのか。 山中さんは、研究体制作りに積極的に動いています。 万能細胞発表の一週間後、早くも文部科学省の担当者と話し合いました。

山中さんが訴えたのはチームジャパン構想です。
いくつものチームで研究しているアメリカに対抗して、日本のトップクラスの研究者を集めるものです。

山中伸弥教授
そんなばらばらととこでやっていて、いけるわけがないと。 だから私は、やはり合宿場が絶対必要だと思うんです。研究施設が。 研究室の壁は取り外して、研究員がシェアすると。

一つの研究拠点に多くの研究者が集まることが、短期間に成果を上げるカギになると、山中さんは考えています。

山中伸弥教授
私がアメリカに行く度に、ヨーロッパもそうですけど、研究者同志の交流を促進するような建物の構造になっているんですね。
ばーんと広いところをシェアすると、常に隣。
隣の研究室という概念はあまりなくて。同じ研究所の仲間という感じで。 顔を伸ばせば、向こうにいる、という感じですから。
研究者同士のディスカッションというんですかね。 それは非常に大事ですから。




加速する国際競争


司会者
新しい万能細胞というものが登場したことによって、これから研究が一気に進む。 今の状況では、山中さんの研究を通して日本が再生医療で一歩リードしているかたちになっているんですけども。 国際競争全体状況ご覧になって、今どんな状態ですか。

山中伸弥教授
はい。一歩もリードしてません。 もう完全に追いつかれて。もしかすると、ちょっとリード許してるという状況だと思います。
やっぱりアメリカは凄い。 お金のかけ方がもう日本と比べ物にならないですから。
だから、またスポーツに例えて悪いですけど。 向こうは、ほんとにスペシャル栄養ドリンクをガバガバ飲んで 走るのに、こっちは水で我慢せい、って言われているような感じでですね。 しかも向こうは、20人ぐらいが順番に走るのに、こっちは、2人でいいやろなんとか行け、 って言われてるような感じになりかねないですから。それはちょっと考えていかないとですね。
お金だけではなくて人も残念ながら日本は負けています。 ポテンシャルていうか、可能性はすごいある若い研究者の方が沢山いると思うんですね。 そういった人たちには是非一箇所に集まって、 そこで切磋琢磨しながら、助け合いながら、顔を見ながらですね、研究すると。


司会者
いずれにしろ、若い人たちにいっぱいチャンスを与えたいという。 山中さんのお話を伺って、やっぱり、独創的な研究を行っている人たちを、 もっともっと積極的に評価できる。 そういう学術環境、そういう社会環境っていうのも痛切に必要性を 感じられていらっしゃるのかなと思いましたけども。

山中伸弥教授
はい。できるだけチャンスを若い人に与えることができたらな、と思います。 ただ、これはやはり競争社会でもありますから、競争というのは、研究者のですね、プロのスポーツの選手と同じで、 甘いだけでもダメで、やはりそれは厳しい競争に打ち勝っていくというような雰囲気が絶対必要だと思います。 ほんと多くの方の協力の下、患者さんの役に立たないと作った意味がありませんから。 この細胞は。そうなる日を、一日でも早くなることを願っています。

 

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